カフェみくみく

まったりと生きる。時には忙しく時にはのんびりと。家事が好き書くことが好き。

プライド。

昨日までの私は、いつもいつも泣いたり愚痴ったりしていて、
とても惨めで、他人には馬鹿にされたり、
ひどく憐れまれていたような気がする。
でも、今日からはもう、
やたらと他人に甘ったれたりしない。...
馬鹿にされたりもしない。
私は、人から与えられて来たものを、
今度は人に与える側にまわるべきなのだし、それが出来るのだから。

ありがとう。

今日、合評会に行って帰って来て気づいたこと。
父は本当に齢を取っているのだ。
このマンションまでやって来るのも、崖のへりの道を歩くような辛さを乗り越えて、歩いているのだ。...
そして世間知らずの私を必死に応援している。
詩集の事にしても、自分ひとりの力で成したことではなかった。
いろんな先生たちや、仲間の助言や励ましで、
険しい一歩一歩を踏みしめることができて、
ようやく成し遂げられたことだったのだ。
私はけしてひとりぼっちではなかった。
かけがえのないみんなへ、心よりありがとうございます。


ありがとう - いきものがかり

変化。

私は今、付き合う友人や師が変わりつつある。
過去、私は正直に言うとどこかであまり好きでない人や、
ピンと来ないけれども、何となくその時のハンディキャップのある自分に釣り合っているように思える人、
本当は私に冷たくて意地悪だけれども、外見的に整って見える人、権威のある人とばかりお付き合いして来た気がする。
私は暖かくて厳しさのある人が好きだ。成長してゆく人が好きだ。...
他者を自分と同じ尊厳を持った存在として認められる人が好きだ。
理想の人や希望はいつもそこにあったのに、私はそれをつかみ損ねていたのだ。

自律。

このところ、部屋でグダグダしていて体力が落ちて、
やっとわかってきたのは、
父は当年取って86にしては、恐るべき努力で一人暮らしを継続しているのだ。...
私ですら、今頭痛が酷いせいもあるが、洗濯したり料理したりして2、3時間動くと、
ちょっと横にならないと次の事務ができない。
・・・しかも、もともとは身体が頑健な私と違って、
父は持病の重度の喘息プラス心不全を抱えていて、そもそもが虚弱体質に近いのだ。
それでいて、「太ももの筋肉が弱って来たからスクワットをする。お前も、ジム通いを再開しなさい。散歩だけではやはりいけない」と、真剣に言う。
・・・。
ジェーン・フォンダのエクササイズ(昔流行ったなぁ)は無理だが、本当に真面目にスポーツクラブに通う事を検討すべきかも知れない。
長生きしたかったら、自分の事を自分でやることだ。

思いやること。

今日は、とてもすがすがしい天気なのに、
部屋でぼんやりうずくまっていた。
世の中には、私以外にもいろんな人がいる。
私の発言や行動で、笑ったり泣いたり怒ったりする。
私には、そういうことが実感としてよくわかっていなかった。...
他人は、自分と同じくらい大切な存在なのだ。
だから、礼儀正しいとか筋を通すとか、人を裏切らないのはとてもとても大事な事なのだ。
言い換えれば、人に思いやりを持つこと。傷つけないことだ。
私には、その辺の想像力がものすごく欠けていた。