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カフェみくみく

まったりと生きる。時には忙しく時にはのんびりと。家事が好き書くことが好き。

あなたに会えてよくなかった。

私は結局、相性の悪かった男友達たちの連絡先を削除した。
いつまでも、役に立たなかった人たち、
尽くしてばかりいて報われなかった人たちの事を思い出していても、
私は先へ進めない。
原家族のメンバーに面影の似た、
そして似たような欠点を持った人たちは、私を愛さない。


SCANDAL 冬の稲妻

全力投球で遊べ。

これは、本当に無意識下で感じていたことを揺さぶられる記事だった。

テクノロジーが発達すれば、毎日毎日会社へ行くというライフスタイルは古くなる。その時、人間はどうするか?と言う問題である。

私も、実はこのところ詩壇と言う狭い世界に馴染めなくて、会社へも行けなくて、家庭に収まる気もしなくって悩んでいた。

でも、それでいいんじゃないだろうか?

私は確かに毎日の殆どを自分の部屋で過ごしている。でも、洗濯も料理も全力で楽しんでする。ブログも、以前は毎日毎日更新していた。私のネット小説は、狭い部門でではあったが、ランキングの1位をキープしながら走っていた。

それだけでなく、私にはネットを通じた多くの友人がいるだけでなく、毎日家に来てくれるヘルパーさんと、1時間だけでも全力でコミュニケーションする。恋人とも全力で遊ぶ。たまの外のイベントでは、集中力を爆発させて演者のパフォーマンスを聴いている。

半ば引きこもっていても、私の世界は豊かで刺激的だ。

lrandcom.com

空飛ぶひよこ。

同世代として、中坊時代のほほんとしていた時は気づかなかったが、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」は、実は結構重いテーマの映画だった。

主人公は、父親と二人きりの生活をしている。でも、父親は死ぬ。そこからの冒険物語つか、要するに「少女がやわらかい檻から出てゆく」ことが、この映画の主題である。

話はいささかずれるが。

いつまでも、檻の中にいたい人もいるし、檻がなくなった途端に別の収容所を探して歩きはじめる人もいる。そういう人は、自分の飼い主と相性がよかったんだろうなぁと、私はある意味うらやましく思う。

家庭と言うのは、大きくなったひよこつまり、鶏を閉じ込める檻である。・・・それを必要としない女が、普通「負け組」と呼ばれる。そこに、どれだけの自由と孤独があるか、理解している人は少ない。

youtu.be

平凡な退屈。

今、詩作から離れて一息ついている。正確に言うと、過去の詩をのんびりなおしながら、普通にお洒落して仲間とカラオケに行ったりしている。

病的なこと、なんかやる気しねえんだよなぁ。

芸術は昔から好きだ。・・・でも私は、例えば自死した作家の文章とかは、できるだけ読まない主義だ。臆病なのかも知れない。が、私は矛盾しているようだけど、いわゆる芸術家はどっちかというと軽蔑しているし、逆に普通の小市民の生活と言うものをものすごく尊敬しているんだと思う。

もちろん、そこにも様々な地獄はあるんだと言う想像も含めてである。

まとまらない文章になっているが、私は相当にスノッブなデイレッタントの家庭で育った。だから、反動として退屈な平凡に憧れている。


松田聖子 SWEET MEMORIES

 

 

裏切りは女のアクセサリー。

昔、付き合った人が「一青窈にならいくら騙されてもかまわない」とある時言うので、私はその時は少しびっくりした。
と言うのも、当時の私は森高千里が好みだったからだ。
しかしながら、今現在40過ぎてぶりっこして、昔の自分の歌のカヴァーばっかりYouTubeにUPしている森高は、正直言ってどうか?と思う。
「昔より可愛くなった」と言うコメントが多いみたいだが、大人の女性は大人らしく、皺がそれなりにあってもセクシーで、年齢に見合った唄を歌うのが、本来の姿ではないのだろうか。
そう、峰不二子のように。


他人の関係/一青窈